平成27年春号(vol.37)

みやぎ会 鳳鳴大滝
鳳鳴大滝
みやぎ会の活動
平成27年ボランティア活動予定

みやぎ会では、東北地方整備局が行っている「ボランティア・サポート・プログラム」の認定を受け、国道48号の清掃活動を行っています。

活動は4〜11月の第4土曜日で、平成27年の活動は下記の日程で宮城総合支所駐車場に集合し、午前6時半から約1時間程度の作業を行う予定です。

  • 平成 27年 4月 25日(土)
  • 平成 27年 5月 23日(土)
  • 平成 27年 6月 27日(土)
  • 平成 27年 7月 25日(土)
  • 平成 27年 8月
  • 平成 27年 9月 26日(土)
  • 平成 27年10月 24日(土)
  • 平成 27年11月 28日(土)
ボランティア風景 
ボランティア風景

会員の広場

平成21年春号から『会員の広場』と言うコーナーを設けましたので、会員のあなた様の”常々思っていること”、”あなたの周りのあんな事、こんな事”等掲載をしていきたいと思いますので、是非ご愛読よろしくお願いします。

黒部ルート見学と黒部ダム

1.くろよん

1963年(昭和38年)6月、くろよん(黒部川第四発電所と黒部ダムの建設工事)が竣工しました。黒部ダム(日本一高いダム)や黒部ルート(富山側からのトンネル:吉村昭の小説「高熱隧道」で知られる)、大町ルート、関電トンネル(大破砕帯:映画「黒部の太陽」で知られる)など、どの工事をとっても大変な難工事となった壮大な事業です。

NHK番組のプロジェクトXで取り上げられた、H組の黒部ダム建設の苦労話やその番組の主題歌「地上の星」の作者、中島みゆきがNHK紅白歌合戦の本番で歌ったあのトンネルとしても有名になりました。紅白歌合戦のシーンはご記憶の方も多いでしょう。大晦日の厳寒の日、トンネル内気温は2℃だったそうで、あまりの寒さに中島みゆきも歌詞を間違えたという逸話もついています。

これだけでも是非一度は行ってみたいと思うような場所です。私もその一人でしたが、それ以外にも黒部ダムについてはかねてダム屋としても興味がそそられる理由がありました。

担当したこともないアーチダム、しかも日本一の高いダムで、標高が1500m程度の高地にあること、などのほかに、ダム完成後、地道に堤体や岩盤挙動の観測を続け、そのデータを解析し、その結果と知見を公表していることがあります。なかでも、堤体の挙動の観測とともに、貯水池の谷幅(左右岸の水平直線距離)も測り、周期的季節的な堤体挙動の変動要因として、貯水池水位、温度変化のほかに、谷幅の変化に伴う地山からの力もあることを解析的に示しています。夏には地山の地下水位が上昇し、地山が膨らみ、左右岸の距離が冬より短くなります。その力は堤体へ押す力として働き、これを山押し荷重と呼んでいます。貯水荷重によって堤体が下流側へ押されるのに対して、山押し荷重によって上流側へ押し戻される形になり、堤体挙動としては安全側へ作用することになります。

長年の観測結果を解析し、このような結論を導いたものですが、地道な観測とその結果をきちんと分析していく姿勢に敬服せざるをえないのです。

2.黒部川

さて、黒部川ですが、その奥深い峡谷は人の居住はできず、江戸時代には加賀藩によって任命された「黒部奥山廻り役」という山林の監視役しか入ることができなかった秘境でした。大正時代に本格的な黒部峡谷の調査が始まり、電源用開発調査も開始され、工事用鉄道も通るようになり、現在では観光も楽しめるようになったというわけです。

黒部川電源開発の端緒は、大正8年に高峯譲吉が代表取締役を務めた会社がアルミニウム製造のために計画したことにあるようですが、高峯の死とともに挫折しています。しかし、計画は日本電力株式会社に引き継がれ、大正から昭和にかけて3つの発電所が建設され、仙人谷ダムの完成とともに昭和15年11月に黒部川第三発電所が運転開始しています。

電力業界は時代状況に影響され、統合・再編劇を経験しています。昭和13年に日本発送電株式会社1社に統合されましたが、昭和26年に9電力に分割され、この時、関西電力の誕生とともに引き継がれていきます。9電力体制は地域割り分割でしたが、潮流主義を採用し、富山県を流れる黒部川の発電所は供給地域が関西地方だということで関西電力の施設になったということです。

くろよんはご承知のように昭和30年代の高度成長期に関西圏の逼迫する電力需給に対応するために計画されます。1968年(昭和43年)に上映された、映画「黒部の太陽」を観て土木技術者を志した人も多いとか仄聞しますが、残念ながら私はその映画が上映された頃には観ていませんでした。「水」には強い関心があったのですが、ダムそのものにはさほど興味はなく、東北地建のダム事務所に配属になってから半ば強制的にダムに転向していったというのが個人的な事情です。

3.黒部ルート見学会

黒部ダム行きのきっかけは、ニュージェックに勤める八巻さんからの、関西電力が毎年黒部ダムの見学ツアーを開催している、とい情報でした。早速、関西電力のホームページを検索すると、黒部ルート見学会の公募案内が見つかりました。毎年、募集している見学会のようで、6月から11月初旬まで延べ30回超える回数が開催されています。8,9,10月に多く開催され、7,8回/月となっています。

見学コースは、富山県側の欅平から長野県側の黒部ダムまでのコースで、黒部峡谷鉄道のトロッコ電車から、人荷用エレベータ(約200m)、上部専用鉄道、インクライン(地下式ケーブルカー)、黒部トンネル内専用バスを乗り継ぎ、黒部峡谷や映画「黒部の太陽」の舞台となった工事用トンネル、黒部第四発電所などを見学しながら、黒部ダムに到着します。このコースは欅平出発コースといいますが、反対順路の黒部ダム出発コースもあり、それぞれ募集人員は30名となっています。

葉書で見学コースと見学日(第2希望まで)を記入して申し込み、抽選で当たると、関西電力から当選通知が届きます。倍率は見学日によって違いますが、数倍はあります。私の場合は、昨年(2014年)の第5回の6月23日(月)の欅平出発コースでした。競争率は4倍でした。もちろん、見学にかかる費用は無料ですが、往復の交通費や宿泊費等は自腹ですし、見学日は月から金までの平日開催ですので、勤め人は休暇をとる必要があります。

「黒部ルート見学会のご案内」のURL

=>http://www.kepco.co.jp/corporate/info/community/hokuriku/koubo/

昨年の6月22日、仙台を出発し、富山県の宇奈月温泉で前泊します。翌朝、8時前の黒部峡谷鉄道宇奈月駅始発のトロッコ電車乗車から始まり、欅平に9時過ぎ、そして黒部ダムには午後1時頃到着し、解散となります。

黒部峡谷を眼下にみながらトロッコ電車で行く途中、深い谷を渡る橋梁から見える発電ダム(仙人谷ダム)や映画でも有名になった剱岳、黒部峡谷の急崖壁面に幅80cm程掘り広げ、抉り取るように造られた歩道(水平歩道)、などなど、どれもが圧倒される景観です。天気もよく晴れ上がり、剱岳は残雪を戴く山頂までくっきりとその雄姿を観ることができました。立山連峰の山並みも美しいものです。トロッコ電車、大きなエレベータやインクラインといった乗り物も現場に立たないとその印象が伝わらないでしょうか。

黒部第四発電所は地下式発電所として造られています。発電室の大きさは幅22m、高さ33m、長さ117mです。現在は、富山からの遠隔操作で運転され、現地には少人数の保守要員しかいないそうで、操作室は確かに無人でした。水車1機が羽の補修を終えたばかりだということでした。また、広い発電所建屋の耐震工事が行われていて、発電所には人が居ないのかと思いきや、工事を進める関係者が多く働いていました。

こうして、ようやく黒部ダムへ到着し、見学ツアーは終わります。この案内役は関西電力の方(専門部署で年配の社員らしき人々)です。年に30回以上もツアーをこなしているからか、大変手慣れた説明と案内です。

宇奈月温泉からのトロッコ電車は、現在は、欅平までは一般の人も乗れる公共交通機関となっています。元は関西電力会社が直営で経営していましたが、電力会社が鉄道経営はおかしいという監査上の指摘があり、子会社化して運営しています。年間100万人の観光客が利用するそうです。とはいっても、冬期間は運休しますので、春〜秋が運行期間となっています。冬の前には、鉄道レールや架線を撤去し、格納しておきます。そして春になると敷設し直して再開となるようです。

トロッコ電車は発電所の保守要員も利用するのですが、冬期閉鎖になるので、冬期間の管理のために、発電所へ向かう通廊がトロッコ電車軌道の山側に隣接して造られています。人1名がようやく通れるような幅の狭い内部空間ですので、厳寒の時期に、ここを何時間もかけて発電所へ歩いていくのは大変なことと想像されます。

一般の人は、トロッコ電車が欅平で終点となった後は、切り立った岩壁に刳りぬかれた水平歩道を歩いていくしかありません。途中、温泉宿で一泊する行程だそうで、体力的にもきついのですが、さらに、関西電力がその歩道を融雪後に点検、整備を行うので、通行可能になるのはお盆が過ぎた秋の僅かな期間しかないということです。この山行を楽しむ人も多いのだそうです。足を滑らすなどしてバランスを失って谷底へ落ちれば、まさに奈落の底で、そのまま天国へ昇ることになるほど深い峡谷です。(後編 平成27年夏号へ続く)


参考文献
(1)平成26年度黒部ルート見学のしおり 黒部ルート見学公募委員会事務局
(2)黒部奥山をひらく  関西電力株式会社パンフレット
(3)くろよん      関西電力株式会社パンフレット
(4)黒四の思い出 吉田 登      発電水力70
(5)黒四の地質  田中治雄ほか 発電水力70
(6)ダムの設計 長野秀二郎ほか    発電水力70
(7)黒部ダムの長期挙動に関する考察 森本浩ほか 電力土木 275
(8)黒部ダムを回顧して 近藤信昭   電力土木324
(9)くろよん建設時代などの思い出 渡辺威 電力土木337

(記  島田 昭一)

新鳴合橋

【 新鳴合橋 】
【 新鳴合橋 】

みやぎ会の町内に 新しい橋「新鳴合橋」が完成間近となっております。場所は国道48号線広瀬体育館のある青葉区上愛子松原地内で鳴合渓谷の下流端に位置し 古くは伊達政宗公が好んで釣りに出かけた所として知られています。今も鳴合渓谷(鳴合温泉、七ツ石、柿崎橋、渡幸大橋、苦地橋まで)は約2.0kmにも及ぶ風光明媚な渓谷で春、秋の景観は知る人ぞ知るところあります。地形、地質から最適な場所に作られています。

昔、私が物心ついて その辺を遊びはじめた頃 河床に水面上約5.0mぐらいの所により線ワイヤーの吊り橋が架かっていて、揺らしながら渡って遊んでいた悪ガキで、温泉に来るお客さんの年寄り等が渡るとわざと揺らして怖がらせて又、怒らせて面白がっていた記憶があります。また、年上の人が橋から飛び込んで泳いでいました。昭和33年には老朽化したつり橋をワイヤーロープ約φ50〜100mmの太いものと取り替え、場所も少し高い位置に作り代えバイク等渡っていました。その橋も昭和42年3月竣工の上路トラス橋に架け代えられダンプトラック等の重量車輌も渡れる橋と成り現在に至っています。永久橋で今も供用しておりますが、一車線の狭隘の交互交通の橋で今の交通量から見ると時代に合わない橋となっております。広瀬村、宮城町、仙台市と地域の発展と共に出世している橋です。出世橋「新鳴合橋」

橋梁諸元

工期
27ヶ月(2年3ヶ月)
工費
約7億6千万円
工事概要
PC2径間連続箱桁ラーメン橋
下部工
箱桁橋台 1基 直接基礎 コンクリート 1,920立法メートル 鉄筋 170t
壁式橋脚 1基 橋脚高 20m 新礎杭基礎(φ9.5m H9.5m )  コンクリート 1,150立法メートル 鉄筋 180t
上部工
現場打ちPC箱桁(片持ち式張出工法) 桁高 2.7〜6.3m 橋長 157m 幅員 9.75m(車道 7.0m 歩道 2.0m) コンクリート 1,600立法メートル 鉄筋 190t PC鋼材 85t
橋高
河床より 約40m

工法の特徴

橋脚打設工法
C.F.工法(長尺型枠支保工により 型枠設置.コンクリート打設を繰り返し、工期短縮)
現場打ちPC箱桁(片持ち式張り出し工法(※))
:上部工の右岸部は右岸橋台のコンクリートの重量によりPC鋼材で引っ張りながら張り出て行く工法
:左岸 中央部は橋脚からPC鋼材により張り出していく
※片持ち式張り出し工法
:昔はデビダーク工法と呼んでいましたが、この工法の開発会社 特許工法名で今は使われなくなり、片持ち式張出工法と呼ばれます。

本原稿の作成にあたり 下記の方々の取材協力を頂きました。

  • 仙台市青葉区宮城総合支所  道路課 建設係 菊地主査
  • 新鳴合橋新設JV工事事務所(鹿島建設) 田村所長
  • 右岸部隣接者  桜井氏

使用写真は、鹿島建設・奥田建設共同企業体様よりご提供いただきました。

ありがとうございました。

(記  高橋 成美)

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